【天幕のジャードゥーガル 3話】の皆既日食


 

 
1. 1221年の皆既日食

     天幕のジャードゥーガル 3話を見ていたら、日食の描写が結構詳しく語られていたので調べてみた。第2話では、少女アニメと思って見ると、想定を裏切られるなみんな死んで一人になってしまう衝撃の展開だった。第3話は復讐の始まりみたいな内容。最初に1221年という説明があるので、住んでいたトゥースやサマルカンドなどが、モンゴル軍に陥落してしまった翌年という設定。
     1221年には、5月23日にアジアでの皆既日蝕、11月15日に南半球での金環食ということなので、5月23日のの皆既日食が検証の対象ということになる。
     この日食はアフリカ北東部にはじまり、インド/パキスタンでアジアに上陸し、チベットからモンゴルを通過し、中国北東部から海にでるコースを辿っている。

 
図1 1221年5月23日の皆既日食

2.日食状況と経路


    登場人物の証言では、
    1)献上品を持ってきた南の地方の役人  : 時刻:巳の刻(9~11時)、食分7/10
     (ウイルグ)
    2)シタラ サマルカンドを近くを通った頃: 時刻:辰の刻(7~9時)、食分6/10
    3)賢者  ケルレン川で見た      : 時刻:正午、皆既で星が見えた

    計算では、サマルカンドでの最大食は8時に6割3部なので、証言とあっている。
    献上品を持ってきた役人の土地は、サマルカンドより東なので、これもだいたい合っている。
    賢者が見た場所はケルレン川とだけあるので特定はできないが、現在の川の流れと、皆既帯を
    見て、最西端ぐらいにある、チョイバルサンという街で計算すると、食甚が12時21分で皆既。
    皆既の経過時間が2分2秒ということで、証言の正午に皆既とほぼ合っている。

    ちなみに、長春真人の記録は、『長春真人西遊記』という旅行記があって、
    『元代の道士李志常(1193~1256)が著した旅行記であり、その師である丘処機が1220年に
    チンギス・ハーンの招請に応じて、弟子十八人を率いて 山東省 から出発し、ヒンドゥークシュ山
    (現在のアフガニスタン)に至るまでの西行、および四年をかけて東へ帰還した経歴を記録している。』
    そうだ。その中に、1221年に見た皆既日食の記録がある。1)と2)の記録は創作だろう。
     1221年春、宣徳(河北省宣化)を離れ、漠北を経由して西行し、同年11月にサマルカンド到着した。
    なので、ファーティマ達とはちょうど逆方向に向かっていたことになる。


    図2 1221年5月23日の皆既日食経路図

     
    図3 サマルカンドでの日食状況

     
    図4 チョイバルサン(ケルレン川河畔の都市)での日食状況

     
    図5 チョイバルサンでの皆既日食時の星空

     月の回りにコロナが燃えているときに、その回りには金星が輝き、
     高度30度ぐらいのところに、シリウスと木星があった。

3.『長春真人西遊記』の検証


    『長春真人西遊記』が近くの図書館になかったので、日本の古本屋で注文したものが届いた。
    書名は『世界ノンフィクション全集 19』筑摩書房、耶律楚材西遊録他2篇と合本されている。

    この書では、中国東部で5月1日に日食を見たあと、11月18日にサマルカンドに到着し、そこに
    いた、暦者の証言として、サマルカンドの状況が語られ、各地での食の状況がまとめられている。

    1)暦算者 サマルカンド        : 時刻:辰の刻(7~9時)、食分6/10
    2)長春真人 ケルレン川で南岸     : 時刻:午の刻、皆既で星が見えた
    3)金山(アルタイ)の人から聞いた話   : 時刻:巳の刻(9~11時)、食分7/10
     
    1)は同じ同じだけど、2)は川の南岸とされ、3)は場所が金山(アルタイ)と特定されている。
    ケルン川での皆既の場所は現在の想定地点(チョイバルサン)と、上流の西に流れを変える
    あたりしかないが、日食を見たあともしばらく川に沿って移動しているので、現在の想定
    地点あたりだろう。

    図6 ケルレン川南岸の観測想定地 

     

    長春西遊記を読むと、長春の旅行行程の図7が想定される。金山はアルタイ山脈のことで、
    長春が日食の話を聞いた場所をアルタイ山脈を抜けたあたりだとすると、食の状況は図9となる。
    食分は8.3/10と若干大きいが、時刻はちょうど10時頃と証言と合っている。
    アニメの鎮海と合って日食のことを話すのも、チンカイ屯田の近くを想定しているのだろう。
    この一割以上の誤差は、観測誤差ということでしょう。そもそも観測用具もないでしょうから。
    北部の人から聞いたのであれば、誤差はちいさくなるが、行程の途中と考えるのが自然だろう。
    『世界ノンフィクション全集 19』の行程図では、耶律楚材だけが、カラコルムを通る軍用路を
    通ったことになっているが、長春も同じ路を通っていた。ただし、ウリヤスタイからは南西に
    折れて、近道を通ったようだ。 なおカラコルム造営は1235年とされるので、長春のころは、
    近くの拠点の野営地だったのだろう。

    図7 長春真人の旅行行程想定図

     
    図8 『世界ノンフィクション全集 19』筑摩書房の長春真人の旅行行程図

     
    図9 金山(アルタイ)での日食状況

4.まとめ

     アニメの内容と『長春真人西遊記』をもとに検証してみたが、詳しい考証のもと練られた内容であることが分かる。また、これを天幕の日時計と合わせることで、モンゴルがただの遊牧民の国ではないことを示しているのだろう。
     なお、天幕をつかった日時計については、西洋にも右の写真のように、半球の石をくり抜いて作った日時計がある。内側に目盛りが描かれていて、そこに側面にあけた穴から日が当たる。これはルーブルに展示されていたもので、プトレマイオスの時代のものとのこと。

 

図10 半球形の日時計


2026/07/23 図8追加
2026/07/20 『長春西遊記』の記述検証を追加
2026/07/16 チョイバルサンの位置を微修正
2026/07/15 掲載

Copyright(C) 2026 Shinobu Takesako
All rights reserved