【1】『アンドロメダ大星雲』は星雲ではない?
昨日(2019/08/17)チャンネルをひねっていたら(死語?)子供向け番組でアンドロメダ星雲のような写真を見て解説の人が『これは「星雲」とは呼びません、「銀河」です。星雲はガスでできたものです。』みたいな説明をしていた。子どもたちも若干ポカンとしていた。「え」と思って、ネットを調べたら「アンドロメダ大星雲」も散見されるが、「アンドロメダ銀河」という表記が多い。
では何を契機に「アンドロメダ銀河」に名称が替わったのかを調べたがネットでは見つからなかった。
「ニュートン別冊 星座物語」(1992)p.24には「Q12アンドロメダは「星雲」か「銀河」か?」とそのものずばりと思われる解説があったが、答えは「1923年,アンドロメダ"星雲"を調べていたアメリカの天文学者エドウイン・ハッブルは、この天体が銀河系の外にあって銀河系と同じく星の大集団であることを突き止めました。こうしてアンドロメダ"星雲"はアンドロメダ銀河となったのです。しかし、最近でも、昔からのよび方にならって銀河を星雲とよぶこともあります。」となっている。
しかしアンドロメダ星雲が銀河系と同じく星の大集団であると認識しながら星雲とよんでいたことは次の記述からもわかる。野尻抱影「星座風景」(昭和6年,1931)p.132「それ(アンドロメダ星雲)は有名な螺旋状大星雲で、謂ゆる一つの島宇宙です。」 また野尻抱影「星座神話図志」(昭和34年,1959)p.130には「これ(アンドロメダ座大星雲M31)は銀河系外の星の大渦巻で、いわゆる島宇宙の一つである。」とある。
また野尻本だけでなく、1980年頃までの本には「アンドロメダ銀河」という名称は無い。
例えば、藤井旭著「星座ガイドブック 秋冬編」誠文堂新光社(1975/1991)p.127「アンドロメダ座大星雲M31」
また、山田卓著「秋の星座博物館」地人書館(1982/1992)p.144「大星雲M31、わが銀河系に匹敵する系外星雲」
「現代の天文学」恒星社厚生閣(1959)に収録の「V.星雲の宇宙」清水嘉一p.81冒頭には「銀河系外星雲(ガラクシーという呼称が、最近では多くもちいられるようになった)」とあり海外でさえようやく「Extragalactic NebulaからGalaxy」に代わりつつあったことがわかる。
したがってニュートン別冊の説明は『アンドロメダ大星雲』の表記が混乱していた1992年当時の実情を表しているだけで、なぜ近年になって「アンドロメダ大星雲」から「アンドロメダ銀河」に替わったかの理由を少しも説明していない。
【2】天文関係書籍での「アンドロメダ銀河」に名称変更年
1)【天文年鑑】での名称変更は1989年版から
まず手持ちの【天文年鑑】でいつから「アンドロメダ銀河」が用いられるようになったか調べたところ、1988年までの鈴木敬信執筆版では「アンドロメダ小宇宙」という名称だったが、1989年の磯部 琇三(国立天文台)執筆版から「アンドロメダ銀河」に名称が変更されている。p.123に変更の理由として「銀河のことを小宇宙または島宇宙とよぶ場合があるが、これは言葉の定義として正しくない。"宇"は空間で、"宙"は時間のことであるから、宇宙に大小や島・大陸つけることはできない。銀河もあまりよい訳語ではないが、現在のところはこれを使った方がよい。」とある。これが今回見つけた唯一の変更理由である。
したがって、1989年時点でも「アンドロメダ銀河」とする規定があったわけでは無いことがわかる。
【2021/12/15追記】
現在(2022年版)の天文年鑑には「主な星雲・星団」という項目のページがあり,その中で「小望遠鏡や双眼鏡,肉眼で観測できる星雲・星団は,従来,以下の6種類に大分されてきた。ここではその分類を踏襲しつつ,それぞれの性質について解説する。」としてその6番名の分類として「銀河」を説明している。これは,『アンドロメダ大星雲』という教育を受けた人には分かる説明であるが,「銀河は星雲ではない」という最初のテレビの説明のような教育を受けた人には理解できない説明である。現在のは,以下のように銀河が星でできているのが分かった時(1920年代)から,星雲とは呼んでいないとしているのだから。
『いずれにしろ、アンドロメダ大星雲は、われわれ銀河系の中の星雲ではなく、銀河系と同じ様な星の集合体:銀河であることが判明し、名称もアンドロメダ大銀河となったわけです。これ以降、無数の星の集合体である銀河と、銀河系の中にあるガスの雲:星雲とが天文学的に区別されるようになりました。』(項目【6】参照)
現在では,1920年代以降,星雲・星団に銀河が含まれていた時代はなかったことにされているのである。
2)【天文月報】での名称変更は1986年頃
【天文月報】でいつから「アンドロメダ銀河」が用いられるようになったか調べたところ、1984年9月には「アンドロメダ大星雲」の論文があり、1986年5月には「アンドロメダ銀河」の論文がある。1986年5月の論文は共著の片方が東京天文大所属である。1993年11月同じ著者の「アンドロメダ銀河」の論文があるが、目次では「アンドロメダ大星雲」となっており、雑誌編集者にはまだ周知されていなかったようだ。
したがって、【天文月報】でも国立天文台関係者が使い初めたことになる。
3)【理科年表】(国立天文台編纂)での名称変更は1980年版から
近くの図書館にある最古の【理科年表】は1983年版だったのでこれを見たところすでに「アンドロメダ銀河」となっていた。したかって、国立天文台関係者は1982年以前から「アンドロメダ銀河」を使いはじめていたことになる。
[2019/12/15追記] 県立の図書館で確認したところ予想通り「アンドロメダ大星雲」が「アンドロメダ銀河」となったのは1980年度版の理科年表から。また同時に「銀河系外星雲」の名称も「銀河」に変更されている。したがって、項目【3】にある『「銀河」に統一しようという取り決め』は1979年にあったことになる。
4)一般天文書籍での名称変更
最後に図書館にあった星雲星団関係などの書籍での記述を確認したが1999年ぐらいまでは「アンドロメダ大星雲」もしくは「アンドロメダ星雲」が普通に使われており、2010年の書籍にも見られる。したがって、天文書籍執筆者でさえ「アンドロメダ銀河」が100%浸透しているわけではない。
No. | タイトル | 著者 | 出版社 | 出版年 | 星雲 | 銀河 |
1 | 藤井旭のスターウォッチングガイド | 藤井 旭 | 山海堂 | 1990 | ○ | |
2 | 星座神話の物語 | 磯部 琇三 監修 | 雄鶏社 | 1994 | ○ | |
3 | 星雲星団ウォッチング | 浅田 英夫 | 地人書館 | 1996 | ○ | |
4 | 星雲・星団ガイドマップ | 西条 善弘 | 誠文堂新光社 | 1999 | ○ | ○ |
5 | 星雲星団を探す | 浅田 英夫 | 立風書房 | 1999 | | ○ |
6 | 星の地図館 | 林 完次 | 小学館 | 1999 | | ○ |
7 | 星雲・星団、銀河の見かたがわかる本 | 藤井 旭 | 誠文堂新光社 | 2007 | | ○ |
8 | ギリシャ星座周遊記 | 橋本 毅彦 | 地人書館 | 2010 | ○ | |
9 | 四季の星座神話 | 沼澤 茂美,脇屋 奈々代 | 誠文堂新光社 | 2014 | | ○ |
【3】「アンドロメダ銀河」への名称変更はステルス戦略で進められた
手持ちの本にアンドロメダ大星雲」が「アンドロメダ銀河」になった理由を運良く見つけた。
小宇宙、銀河について
アンドロメダ座の一隅にかすかに見えるメシエ三一は、望遠鏡では渦巻の形の恒星の大集団で、私たちが所属している天の川宇宙と同じ一つの銀河系を形作っている。昔はぼんやりとした光の集まりはすべて「星雲」と呼んでいた。しかしガスの塊だけの星雲と混同されるため、「銀河系外星雲」とか、大宇宙の一単位であるとして「小宇宙」という名が使われてきた。ごく最近、「小宇宙」はすべて「銀河」に統一しようということになり、「理科年表」もこれにならっている。外国では、私たちの天の川宇宙は「Our Galaxy」、他の天の川宇宙は「Our Galaxy」(他銀河系)、または単に「ギャラクシィ」と呼んでいるので混乱はないが、どうも日本語の方は、もう一つピンとこない。」
草下英明著「星空への誘い」p.125 国際地学協会(1981年7月)
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この記述により1980年頃、「銀河系外星雲」とか「小宇宙」の名称を「銀河」統一しようとする申し合わせができたことがわかる。まず国立天文台編纂の「理科年表」での変更が行われたことから、国立天文台とそれに近いグループで行われたことも推定できる。しかしそれを発表したわけではなく、国立天文台の関係者の論文や執筆で広げていったため、星雲星団関係のプロの執筆をしている人でも、その認知に20年(1999年頃まで)かかったことになる。そもそもこの定義だと「星雲星団」に「銀河」は含まれない。「星雲星団」という普通に使われている呼び方もその中に「銀河」を含んでいれば間違いとなる。したがって、上記4番や5番の書籍は、7番のように「銀河星雲星団」と改称しないと、「アンドロメダ銀河」と替えただけでは正しくないことになる。また「NGCカタログ」も「星雲星団カタログ」ではなく「銀河星雲星団カタログ」と呼ばないといけない。
草下氏自身は「星空への誘い」p.146で「アンドロメダ銀河系」としている。
現在ではさらに20年過ぎたためじわじわ広まってきたが、公にアナウンスされたわけではないので、一般に浸透されているわけではない。また公的機関などでも、「アンドロメダ大星雲」から「アンドロメダ銀河」に変更しないHPもあり、例としては、国立科学博物館のQ&A HPのなどがHitする。国立科学博物館では「アンドロメダ大星雲は、私たちの銀河系の外にあるというだけではなく、私たちの銀河系と同じ規模の大天体だったのです。このような天体を系外銀河、あるいは単に銀河とよびます。」としており、「アンドロメダ大星雲」を固有名詞として使用している。
また1989年に「天文年鑑」で「アンドロメダ銀河」変更した磯部 琇三氏も、上記No.2の1994年に監修した書籍のp.175には「アンドロメダ座といえば、忘れてはならいものがあります。私たちの銀河系とは違うもう一つの銀河、アンドロメダ大星雲M31です。」とあり、ここでは固有名詞として使われている。
さらに国立天文台の「国立天文台ニュース」の2001年11月号、2007年1月号などに「アンドロメダ大星雲」とある。また国立天文台報2013年15巻にのる100年前の写真乾板をとりあげた論文「日本最古の星野写真乾板の発見」のなかにも「当時は銀河とは明確にはわかっていなかったアンドロメダ座大星雲(M31)などを撮影した乾板も含まれている.」の記述がある。
ステルス戦略で進めた理由を勝手に考えてみると、①「アンドロメダ大星雲」は長期間使われすでに固有名詞となっていたため、変更のお触れを出した場合、民間を含めた議論を巻き起こす心配があった。②「天文年鑑」の変更の理由の説明にあるように、「銀河」という名称が1980年代でも必ずしも適切な名称ではなかった。銀河は中国語での天の川であり、「小宇宙」や「系外星雲」のような構造を表す表現ではない。上記の草下氏も違和感からか「アンドロメダ銀河系」と「系」を補っている。(したがって最近使われている「天の川銀河」は「馬から落馬」的センスの名称。ちなみにGalaxyもギリシャ語の天の川(乳の輪)。米国でもMilkeyway Galaxyと呼ぶ人もいるようだが議論があるようである。)③「アンドロメダ銀河」でも定義上は正しく論文等発表できた。④天文書籍の表記が変われば「小宇宙」や「系外星雲」はやがて消滅すると考えた。などが考えられる。
【4】まとめ
最初に示したニュートン別冊のように、「天体が銀河系の外にあって銀河系と同じく星の大集団であることが判明したために、「アンドロメダ大星雲」が「アンドロメダ銀河」になった。」との説明がネット上に散見されるが、これは上記の事情を知らない人が書いた間違った情報。これも一つの都市伝説。
1923年にハッブルが銀河であることを発見して以降も「アンドロメダ大星雲」のような銀河も海外を含め「銀河系外星雲」と分類されたため、「アンドロメダ大星雲」の名称はその後も使われ続けてきた。ちょっと検索しただけでも最近の天文ニュース記事にも「アンドロメダ星雲」が使われている。逆に「アンドロメダ銀河」が使われ始めたのは最近の1980年代でしかない。
「アンドロメダ大星雲」から「アンドロメダ銀河」の名称変更は物理的な発見が契機ではなく、1980年頃に「銀河系外星雲」や「小宇宙」の名称を「銀河」に変更しようと思った構成メンバー不明のグループがいたから。しかしこれは分類の項目名の変更であるため、固有名詞として100年以上使われている「アンドロメダ大星雲」を自動的に名称変更できるわけではない。また「アンドロメダ大星雲をアンドロメダ銀河と改称する文書」が発行されているわけでもないので、現在でも私を含め一般レベルには浸透していない。「系外星雲」も現在でも使われている。
【5】結論
「アンドロメダ大星雲」が星で構成され銀河系と同様であることは100年も前に判明していたこどである。したがって、「星雲」の定義(ガスで構成される)は、いままで使われてきている名称「アンドロメダ大星雲」を誤りとする根拠とはならない。 「アンドロメダ大星雲」と呼ばれるのは「銀河系外星雲」に分類されているからである。「星雲」の定義(ガスで構成される)は、銀河系内の「星雲」と「星団」を区別するだけである。
2019年現在でも「アンドロメダ星雲」を間違いとする根拠はなく、「アンドロメダ銀河」と同義語と認識するしかない。 (根拠なく間違いと思わされているだけ。)国立国会図書館典拠データ検索・提供サービスでも2019年9月11日の最新更新の情報でも,「アンドロメダ銀河」の同義語として,「アンドロメダ座小宇宙」,「 アンドロメダ星雲」,「Andromeda Galaxy」の3つがあげてある。
また、アンドロメダを含め「銀河系外星雲」を「銀河」と呼ぶ場合には、「星雲星団」には「銀河」は含まれていないことを注意。「銀河系外星雲」だから「星雲星団」のくくりで良かった。「星雲星団」に「銀河」を含めて説明しているガイドブックなどもある。混沌の世界になっている。
【6】日本での『銀河』への名称変更になぜまやかしの説明が信じられているのか
三菱電機のサイトに国立天文台教授の「アンドロメダ座に浮かぶ雲の正体」というコラム記事があった。この記事は冒頭のテレビの説明と同様である。、
『いずれにしろ、アンドロメダ大星雲は、われわれ銀河系の中の星雲ではなく、銀河系と同じ様な星の集合体:銀河であることが判明し、名称もアンドロメダ大銀河となったわけです。これ以降、無数の星の集合体である銀河と、銀河系の中にあるガスの雲:星雲とが天文学的に区別されるようになりました。』とある。
『アンドロメダ大銀河』という名称は、日本ではわれわれの銀河系と同様であることが判明して50年以上もたった1980年代に突然あらわれているので、このような説明は明確な誤りである。『アンドロメダ大星雲』が銀河系のような構造の星の集まりとわかってから海外も含め『系外星雲』と呼ばれてきた長い歴史を隠している。このような間違った説明が繰り返されることにより都市伝説的な誤った情報を信じる人が多く生まれることになる。『アンドロメダ大星雲』を『アンドロメダ銀河』とした理由は海外の呼称『Andromeda Galaxy』にいまさらながら合わせたかっただけである。なぜ,事実に正確であるべき科学の世界でこのようなこどもだましとも言える説明が続けられているのか不思議である。
海外での『Andromeda Nebula』から『Andromeda Galaxy』への移行は1950年代から1970年代にかけて行われたようである。Wikipedia(英文)の参照論文にも「Rotation of the Andromeda Nebula from a Spectroscopic Survey of Emission Regions」Rubin, Vera C.; Ford, W. Kent, Jr.(1970)という論文がある。
『世界大百科事典』の「銀河」には、
「比較的近距離のマゼラン銀河やアンドロメダ銀河でも,肉眼や小望遠鏡に淡い雲のようにしか映らない。かつてはその見かけによって〈星雲nebula〉として一括されていたが,1925年にE.ハッブルによって〈アンドロメダ星雲〉を含む3個の〈星雲〉にセファイド型変光星が同定され,その距離が推算されるに及んで,星雲の一部がわれわれの太陽系を包む巨大な恒星の集りである銀河系の外にあって,銀河系と同等の規模をもつことが明らかになった。このため,銀河系外星雲extragalactic nebulaと呼んで輝線星雲,散光星雲,惑星状星雲などの銀河系内星雲と区別される。」とある。
海外でもすぐに「Nebla」(星雲)が「Galaxy」(銀河)に代わったわけではなく「extragalactic nebula」(銀河系外星雲)と呼ばれた。海外でもこれをよりどころに「Andromeda nebula」は1970年代まで使われ続けた。 1980年になって世界が「Galaxy」に代わってしまっているのをようやく気にしはじめたのが日本での『銀河』への名称変更の動機。そして『銀河系外星雲』という名称に対し英語名のGalaxyを訳した『銀河』という名称が1980年に初めて登場した。『Nebula(星雲) ⇒ Extragalactic Nebula(銀河系外星雲) ⇒ Galaxy(銀河)』の流れが本当の名称の歴史。
【7】教科書が『星雲』から『銀河』へ代わった理由
『文部省 学術用語集 天文学編(増訂版)』の書評とその後をみると、「天文学編」(増訂版)(1994年(平成6年)11月発行)から『星雲』という言葉が消えたからみたいである。ただそれは1994年までは『星雲』も学術用語として使われていたことになる。また民間の用語の使用を制限するものでもないので、現状も『星雲』は使われつづけていることになる。
【公的機関のアンドロメダ(大)星雲使用のWEBサイト例】
【参考】アンドロメダ(大)星雲の最近のWEBニュース記事での使用例
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