「岩樟舟夜話」に載る「おおかみ星」について



 「岩樟舟夜話」(中村忠一編、昭和13年)にある「星の降る池」の中のおおかみ星については、内田武志氏が「星の方言と民俗」にてとりあげ、おおかみ星は「大神」星で、中国などで呼ばれる狼と同じなのは偶合ではないかと指摘しています。ただ、「岩樟舟夜話」の星の記述については近年、ドーテーの「風車小屋だより」との類似性が指摘されているため、内容を確かめてみました。

 まず、岩波文庫刊「風車小屋だより」昭和7年初版で較べると、。話の大筋はだいたい同じですが、星の名前に若干違いがあり、シリウスについては岩波文庫版では「シリウス」となっていて、おおかみ星については、まだ、この地方固有の呼び名であった可能性が残ります。

 そこで、岩波版以前に翻訳版が無いかどうか探すと、昭和4年に白水社から、「水車小屋からの便り」(木村太郎訳)という題名で出版されていることがわかりました。この本の内容を見ると、仏語対訳形式になっていました。そして、その中で(Sirius)が(狼)星と訳されていることを見つけてしまいました。個々の星の名を較べても、「水車小屋からのたより」で「魂の車座」が、「岩樟舟夜話」で「たましひの車座」、以下「三びきの馬星」→「三びきの馬星」、「馬子星」→「馬子星」、「熊手星」→「熊手星」、「狼星」→「狼星」、「雛籠星」→「うぐひすの籠星」となっており、ほぼ同じです。従い予想はしていたことですが、「岩樟舟夜話」に現れる「馬小星」、「熊手星」、「おおかみ星」などの星の呼び名はこの地方固有の名前ではないことがはっきりし、また、残念でした。
 尚、「狼星」は昭和48年の改定版で「おおかみ星」とひらがな書きにされています。

 「岩樟舟夜話」に載る「おおかみ星」が最近とりあげられたのは、「星空のロマンス」(1989年、筑摩書房、後にちくま文庫化)に「狼星と源五郎星」という随筆が編集されてしまったことにあると思われます。
 この随筆は昭和16年に出版された「星」(恒星社)の中に「狼星と源五郎星」としてありますが、戦後の修正版である昭和25年に出版された「星」(恒星社)では「青星と源五郎星」と題名が修正され「岩樟舟夜話」に載る「おおかみ星」の話題は痕跡を残さずに削除されています。その理由は明確ではありませんが、16年版の中で既に以下に引用する様に相当疑いを持っており、それがはっきりした為ではないかと思われます。

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・・・この名は初耳に属するので大に迷った。・・・、それで相当突っ込んで問い合わせたところが、・・
「近親の老人から教えられて星の名で、断じて本から得た知識ではない。・・」という意味の返事が来た。
「星」(恒星社、昭和16年版)より、
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 昭和25年版の「星」では他にも戦時食濃い随筆や記述が削られていおり、「星空のロマンス」ではこれらの修正は取り込んでいるのに、「青星と源五郎星」だけを「狼星と源五郎星」に戻してしまったのは編集者が安易に「狼星」やその他の星の名にこだわってしまった為ではないかと思われます。
 現代の創作物語を地域の伝説としてひろげたくはないものです。(2015/03/16追記)  

最後に白水社版の星の記述部分を引用します。

- Qu'il y en a ! Que c'est beau ! Jamais je n'en avais tant vu... Est-ce que tu sais leurs noms, berger ?

 

- Mais oui, maitresse... Tenez ! juste au-dessus de nous, voila le Chemin de saint Jacques (la voie lactee). Il va de France droit sur l'Espagne. C'est saint Jacques de Galice qui l'a trace pour montrer sa route au brave Charlemagne lorsqu'il faisait la guerre aux Sarrasins*. Plus loin, vous avez le Char des ames (la grande Ourse) avec ses quatre essieux resplendissants. Les trois etoiles qui vont devant sont les Trois betes, et cette toute petite contre la troisieme c'est le Charretier. Voyez-vous tout autour cette pluie d'etoiles qui tombent ? Ce sont les ames dont le bon Dieu ne veut pas chez lui... Un peu plus bas, voici le Rateau ou les Trois rois (Orion). C'est ce qui nous sert d'horloge, a nous autres. Rien qu'en les regardant, je sais maintenant qu'il est minuit passe. Un peu plus bas, toujours vers le midi, brille Jean de Milan, le flambeau des astres (Sirius).

Sur cette etoile-la, voici ce que les bergers racontent. Il parait qu'une nuit Jean de Milan, avec les Trois rois et la Poussiniere (la Pleiade), furent invites a la noce d'une etoile de leurs amies. La Poussiniere, plus pressee, partit, dit-on, la premiere, et prit le chemin haut. Regardez-la, la-haut, tout au fond du ciel. Les Trois rois couperent plus bas et la rattraperent ; mais ce paresseux de Jean de Milan, qui avait dormi trop tard, resta tout a fait derriere, et furieux, pour les arreter leur jeta son baton. C'est pourquoi les Trois rois s'appellent aussi le Baton de Jean de Milan...

Mais la plus belle de toutes les etoiles, maitresse, c'est la notre, c'est l'Etoile du berger qui nous eclaire a l'aube quand nous sortons le troupeau, et aussi le soir quand nous le rentrons. Nous la nommons encore Maguelonne, la belle Maguelonne qui court apres Pierre de Provence (Saturne) et se marie avec lui tous les sept ans.

*Tous ces details d'astronomie popularia sont traduit de l'Almanach provencal qui se publie en Avignon.

- なんて澤山あるんだらう! なんて綺麗なんだらう! 今迄、私、こんなに澤山の星を見たことがなくってよ・・・お前さん、星の名を知っていて、羊飼さん?

- 知っていますとも、お嬢さん・・・よござんすか! 丁度私たちの上、あそこに「聖ヤコボの道」星があります。あれは 仏蘭西から真直ぐに西班牙まで行っています。ガリスの聖ヤコボが、シャルルマアニユ皇帝に、皇帝がサラセン人に向かって戦争をなさった時、道をお教えするために、お描きになったのです。づつと近くに、四つのピカピカ光る心棒のある「魂の車」星(大熊星)みえるでせう。その前を歩いている三つの星は「三匹の馬」星です。三番目の「馬」星のそばにくつついている、あの小さな星、あれが、「馬子」星です。その周りに降つている、あの星の雨が見えますか?あれは、神さまがおそばにお置きになることをお望みにならない魂たちです。・・・それから少し下がつて、「熊手」星とも、「三王」星(オリオン星座)とも云う星があります。あれが、私たち羊飼には、時計の役をするのです。あれを眺めただけで、私には、今、真夜中過ぎだということがわかります。それからすこし下がつて、いつも南の方に、炬火のやうに星があつまっている「ジャン ド ミラン」星(狼星)が光っています。

あの星については、羊飼いたちの間に、次のやうな物語があります。或る晩、「ジャン ド ミラン」星が、「三王」星と、「雛籠」星(昴宿)と一緒に、彼らの友だちの星の婚礼に招ばれました。せつかちな「雛籠」星は、真先に出かけたさうです。そして、上の高い道を行きました。「三王」星は、もつと低いところを近道して、「雛籠」星に追いつきました。が、いつまでも眠つていた、あの怠けものの「ジャン ド ミラン」星は、一番おしまひに残つてしまいました。そして、怒って、ほかの星を止めるために、その杖を投げつけました。そのために、「三王」星は、また、「ジャン ド ミランの杖」星と呼ばれています。

・・・ですが、星の中でも一番美しいのは、私たちの星です。あけ方、私たちが羊達を牧場へ出す時、また、夕方、私たちが羊たちを圍ひ場へ入れる時、私たちを照らす「羊飼の星」です。私たちは、この星を、また、「マグロンヌ」星とも名ずけます。「ピエエル ド プロヴァンス」星(土星)の後を追つて、七年目毎に、その星と結婚する美しい「マグロンヌ」星です。

*これらの通俗天文学の細目はアギニヨンで発行された「プロバンス年鑑」から譯出されたものである。

アルフォンス ドオテ著「風車小屋からの便り」 木村太郎譯註 昭和4年 山水社


                    

2004/11/29 UP
2005/01/15 Revised
2007/10/7 「星」の記述追加。
2015/03/16 追記
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