「水面(みずも)」を誤読とする誤り(みずもをまもる会)

ー 夏休みの自由研究(2022年版) : 歌謡界の「銀河」問題 ー




【1】「水面(みずも)」の読みへの違和感

     初めて藤圭子の「母子舟」(おやこぶね)を聞いていた時、歌詞に「わたしゃ、水面(みずも)の花となる」と出てきた。この水面(みずも)の読みには、違和感があった。水藻の間違いではないかとか。コメントにも、「水面(みずも)」は当て字ではないかとか。

     でも、「水面(みずも)」で検索すると、有名な歌にも使われていることが分かった。
    例えばデュークエイセス「女ひとり」(1965)には、
     「結城に塩瀬(しおぜ)の素描(すがき)の帯が 池の水面(みずも)にゆれていた」と歌われている。
    EP盤のジャケット裏面には楽譜とひらがなの歌詞があり、「みずも」がオリジナルの歌詞である。

    また、高田みづえ「秋冬」(1984)にも、
     「心の水面(みずも)に さざ波が立って あー 秋ですね」と有名なフレーズがある。
    しかし、この時代に水面(みずも)に違和感を覚えた記憶はない。

     また、歌詞検索すると、「水面(みずも)」は最近の曲でも歌われている。
    「柳川旅情」 津吹みゆ(2020)
    「棚田桜」 三山ひろし(2015)
    「あびこ市民の歌」 小椋佳(1981)
    「芦ノ湖哀歌」浅丘ルリ子(1954)
    「毬藻の歌」安藤まり子(1953)

    しかし、ネットでは「水面(みずも)」は誤読(「みずもとは読まない」)で、
    「水面(みなも)」が正しい読みとする書き込みが多い。
    また、新聞でも、麻生首相(当時)がみずもと読んで、読売は
    「「水面(みなも)」を「みずも」と読み間違えるハプニングがあった。」(2009/08/07)
    と誤読と言い切っている。これは誤報だが、この時点で、記者を含め多くの人が「水面(みずも)」に違和感を持っていたことになる。

     なお、デュークエイセスは、(みずもは誤読と思う)視聴者からのクレームが増えたせいか、Youtubeのスタジオライブ版では「みなも」に歌詞を替えて歌っている。

 

【2】なにを根拠に水面(みずも)を誤読と判断しているのか?

     同じ麻生総理の関係で、「いやさかえ」を “誤読” として “誤報” した件があった。その共同通信社の言い訳として、 「広辞苑や手元のいくつかの辞書を見ても、『いやさかえ』という表記は載っていないからです。また、ご本人の公式サイトで『いやさか』と使っており、首相はこのことを認識しながら言い間違えたと判断しました」 とある。(なお、祝辞では『いやさかえ』が正しい読みだったことが判明している。すなわち、記者が祝辞では読み方が違うことを知らなかった。民主党を政権の座に押し上げるために、読み方でもあげ足をとる時代だった。)

     つまり、「広辞苑や手元のいくつかの辞書」に載ってない読みは、「誤読」としているのだ。歌詞に対する誤読とするコメントも、「広辞苑や手元のいくつかの辞書」を見て、載っていないから誤読としているだけだ。 しかし、「広辞苑や辞書に載っている読み」は使用頻度の高いものだけで、使用頻度が低いものは載っていない。だから、載っていないことが、誤読の根拠にはなり得ない。
     
     これに従えば、私の持ってる旺文社の国語辞典(1965初版、1986改定新版、1991重版)には、「水面(みなも)」の読みはなく「水面(みのも)」しかない。したがって、1991年当時は「水面(みなも)」も誤読だったことになる。

 

【3】いつから水面(みなも)は市民権を得たのか?

     図書館にある辞書で、「みのも」、「みなも」、「みずも」のどれが載っているかを調べてみたのが下の表である。これを見ると、90年代始めまでは、水面(みなも)も小さな辞書には載っていなかったことになる。この表からわかることは、水面(みなも)が市民権を得たきっかけは、1980年代なかばにNHKのアクセント辞典に採用されたことだろう。それ以降、「みのも」は消え、「みなも」だけが、テレビやラジオで流れるようになったと思われる。したがって、「女ひとり」や「秋冬」のころには、NHKでは「みのも」が使われており、「みずも」でも、なんの違和感もなかったのだろう。「みのも」はもともと「みずのも」が縮まったものだから。

     したがって、「水面(みなも)」が、市民権を得たのは、意外にほんの最近で、昭和の終わりから平成の始め(80年代後半)ぐらいからだろう。「みなも」と読まないときに感じる違和感は、「みなも」がもともと持っていた、音の響きの良さからくるものだろう。

      表1 辞書でのよみの掲載状況
      発行年 みのも みなも みずも 備考
      NHK 日本語アクセント辞典 第十版 1971
      NHK 日本語アクセント辞典 1975
      広辞苑 第二版,補訂版,第四刷 1979
      学研 国語大辞典 第十二版 1983
      小学館 新選国語辞典 常用新版 1983
      広辞苑 第三版,第二刷 1984
      NHK 日本語アクセント辞典 改訂新版,第1刷 1985 未確認
      小学館 国語大辞典 大泉 1986
      小学館 国語大辞典 新装第一版 1988
      講談社 カラー版日本語大辞典 第一版 1989
      広辞苑 第四版 1991 ○(見出し)
      旺文社 国語辞典 改定版、重版 1991
      集英社 国語辞典(卓上版) 第一版 1993
      講談社 カラー版日本語大辞典 第二版 1995
      NHK 日本語アクセント辞典 改訂新版,第42刷 1998
      旺文社 国語辞典 第九版、重版 2001
      日本語大シソーラス―類語検索大辞典 (ページ 4114) 2003
      岩波 国語辞典 第六版 2004
      旺文社 国語辞典 第十版 2005
      新明解 国語辞典 第六版 2005

    【4】ふりがな、水面(みずも)の使用頻度

      ふりがな文庫によると、「水面」のふりがなは、
        すいめん 31.4%
        みのも 28.6%
        すゐめん 14.3%
        みずも 10.0%
        みなも 7.1%
        みづも 4.3%
        みづのも 1.4%
        みず 1.4%
        みづ 1.4%

      とあり、「水面」のふりがなは「みのも」が普通で、 「みなも」より「みずも」や「みづも」が多いことが分かる。 なので、誤読や当て字のたぐいではない。 オンラインの辞書で水面(みずも)が載ってる辞書は、 日本語大シソーラス―類語検索大辞典である。

     

    【5】同類の言葉

       同類の言葉として「川面」があるが、これは普通に「かわも」と読まれている。

       「みずも」と近いと思われるのが「水底」。小さな辞書には「みなそこ」しか載っていない。しかし、これにも「みずそこ」という読み方がある。掲載辞書は、「学研国語大辞典」、「大辞林」、「学研国語大辞典」、「広辞苑」など。辞書が命の人には、「水底」(みずそこ)も立派な誤読だろう。NHKのアクセント辞典にも「みずそこ」は無い。

     

    【6】古今和歌集にも「みずも」を発見

      古今和歌集 第三
      一六三七 「みづもせに うきぬるときの しがらみは うちのとのとも 見えずぞ有ける」

      【現代語訳】水面も狭くなるほどいっぱいにもみじ葉が浮いて、しがらみとなっている時は、もみじ葉がしがらみの内側にあるものか、外側にあるものかも、みわけがつかないありさまだなあ。

      「みずもせに」 みずも狭に。水面いっぱいに。
      この和歌は「学研全訳古語辞典」に連語として記載あり。
      これにより「みずも」は、中世から使われていたことが判明した。

      さらに「水も狭に」で引くと、「精選版 日本国語大辞典」にも連語の記載がある。「水も狭に」の「も」は「面」なので、明らかに「水面-狭-に」でしょう。「水面(みずも)狭に」はあるのに「水面(みずも)」は無い。辞典編者にも混乱があるのでは?

     

    【7】「広辞苑」では「みなも」が1980年代後半に大躍進

       広辞苑の(第二版,補訂版,第四刷,1979)には「みのも」のみで、「みなも」と「みずも」は掲載されていない。この時点では「みなも」と「みずも」は同レベルであり、「みのも」の読みが正統だった。
       しかし、広辞苑(第三版,第二刷,1984)では、「みのも」の見出しの中に、「みなも」の読みを掲載している。この時代に「みなも」の読みが編者に認識されたことになる。
       さらに、広辞苑(第四版,1991)では、「みなも」が「みのも」と同等の見出し語に出世している。

       したがって、広辞苑では、1983年の第三版、第一刷でようやく採用された「みなも」の読みが、10年も経たないうちに、見出し語にまで成り上がったことになる。このスピードにより、「みずも」はもちろん、「みのも」も圏外になってしまったようだ。

     

    【8】結論

       水面は「みずも」とも読む。

       ただの違和感から、最近の広辞苑や小さな辞書をみたぐらいで誤読と発信するのはやめよう。上記新聞記事の誤報のように「水面(みずも)を誤読とする誤り」を広めているだけだ。

       調べて見ると、たかが10年程度で「水面」を「みなも」としか、読めなくなっていたようだ。そして、『「みなも」は昔から広く使われていた「正しい日本語」という錯覚』をさせられていた。メディアの力は恐ろしい。この錯覚により、視聴者が自分も聞いたことの有る、古い歌の歌詞の読みにクレームをつけている。そもそも、歌詞には著作権があり、歌手は楽譜にある、ひらがなの歌詞を替えて歌うことは許されない。例えば、「女ひとり」の楽譜にはひらがなで、「みずもにゆれていた」と明記されている。


2022/07/18 項目【7】広辞苑を追加
2022/07/17 項目【5】同類の言葉と【6】古今和歌集を追加
2022/07/15 UP
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