大和平野を南北に直線で結ぶ3古道(下ツ道,中ツ道,上ツ道)は,等間隔で並行であるため。計画性を持って同時期に敷設されたと考えられている。しかし,その敷設理由は不明とされ,敷設時期も大きく推古朝(592〜628)と斉明朝(655〜661)を主張する2派に分かれている。ここでは,敷設理由や時期が明確にならない原因を,現在では事実として疑うこともない3古道にまつわる定説にあるのではないかと考え,それらの定説を検証する。
2. 定説「上ツ道は安倍山田道と横大路で交わる」の検証(2021/06/04)
3. 定説「3古道は同時期に等間隔で敷設された」の検証(2021/06/05) ・ 中ツ道の検証
4. 定説「下ツ道と中ツ道は藤原京の基準」の検証(2021/06/06) ・ 藤原京内東二坊で発見され「中ツ道」とされている道の遺構は中ツ道ではない
5. 定説「中ツ道は京道地割を通っていた」の検証(2021/06/07)
6. 一説「中ツ道は飛鳥まで通じていた」の検証(2021/06/11)
7. 中ツ道造営方位の検証(2021/07/28)
Googleマップによる飛鳥・藤原・平城京と古道(2021/07/31)