漏刻を識る
(数値シミュレーションによる解析)




 漏刻は日本には天智天皇が導入されたとしています。水落遺跡の発見によりその信憑性も裏付けられています。しかし漏刻は江戸時代に入る前に日本では使われなくなり実物も残っていないため、実際にどのような漏刻が、どのように導入され、また運用されたのかも謎のままです。

 例えば江戸時代の天文方の渋川景佑(1787-1858)は漏刻の復元を試みていますが、実験データのばらつきが大きく、結局得るものもなく中止しています。(斎藤国治(1990)p.172-179) この結末をもとに斎藤国治(1990)p.176では『近世に行われたこれらの実験が、このありさまであり、古代の漏刻が近世の漏刻よりも格段に優秀に作られていたとはとても考えられないとすると、これを使った古代の時刻もあまり精確であったとは思えない。』としています。  このコメントは斎藤氏が漏刻の設計や運用の実態を検証していないことによるもと思われる。これは、他の多段式の漏刻のコメントに『水壺の数は後には4段5段と数を増した。水壺の数を多くするほど流水は一様になると信じられていたからである。』と真実ではないように紹介していることからもうかがえる。
 後で検証するように漏刻の設定や運用には1mm単位での水位の設定等のノウハウが必要で、もし古代の漏刻が現存していたしても景佑には運用することすらできなかったと思われる。ましてや、景佑には装置から想像して作っているので、闇雲に漏刻らしいものをつくり失敗したというだけのことである。  また、景佑の作成した漏刻を見ると、宋代に開発しされた2段式のオーバフロー式の漏刻を考えているようであるが、景佑の漏刻は不必要な3段式で3段目がオーバーフローになっており、これからも漏刻を理解していないことが分かる。

 関増建(2003)p111では『華同旭は甞て多級[多段]漏壺の模擬実験を行った。彼の実験では、二級漏壺でうまく調整すれば、一日の誤差を20秒以内に抑えられた。このような計時制精度は、古人の社会生活から言えば十分である。』また『多級漏壺を高精度に運行する鍵は壺の調整にあり、各級漏壺の初水位と第一漏壺への加水時間間隔を合理的に確定すべきことを発見している。この過程は非常に複雑で、長期の累積が必要だった。』とある。このように漏刻の運用には長期的に累積されたノウハウが必要であることを発見したと述べている。

 漏刻は適当に水を継ぎ足すことにより連続的に精確に時刻を刻んでいたような印象を受けますが、シミュレーションしてみると、運用の初期段階にその漏刻の特性に応じた1mm単位でのシビアな初期水位のポイントを探し出すのが必要なことがわかります。

 このページでは有明高専の田口紘一/木村剛三『漏刻に関する研究』(1985)をベースに、漏刻の基礎から多段式のシミュレーション、最後には2段式オーバフロー式漏刻のシミュレーションを考えています。なお、今回のシミュレーションは実際の漏刻の試験は行いませんので、漏刻を実際に作成したい方は、有明高専の論文を参照ください。
 また数値積分計算は実際の測定を行わないこともあり、ルンゲクッタ法等は使わず、単純な小時間の変化分の足し算で行います。また水の流量は温度で変化しますが、全ての計算は温度一定と仮定して行います。(有明高専の場合はサイホン用のチューブ(8mm径)の出口にノズル(1mm径)をつけることで温度変化を抑えています。)


 参考としているのは以下のような文献です。
 ・田口紘一/木村剛三『漏刻に関する研究』有明工業高等専門学校(1985)
 ・斉藤藤国治『古天文の道』原書房(1990)
 ・佐々木勝浩『漏刻の原理と水位変化の数値計算』Bull.Natn.Sci.Mus.,Tokyo,26号(2003)
 ・江藤諒子/江口公治『簡易水時計の研究』安田女子大学紀要,41号(2013)
 ・戸川隼人『水時計』数値解析とシミュレーション, 3.1章, 共立全書(1992)
 ・奈良県飛鳥村/関西大学文学部考古学研究室『水落遺跡と水時計 解説書』pdf版(2015)



                    


2017/10/27 Revised
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